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「震災復興訓練」の4回目

今日は「葛飾堀切 震災復興訓練」の4回目会議。

今回のテーマは、「堀切の復興計画作り」。

会議のメンバーは大きく分けて、「町民」、「役所の人」、「大学関係者」の3種類。
まずは、首都大学(昔の航空高専だな)教授から、『10分で学ぶ、過去150年間の"復興の歴史"』講義。

【過去150年に起きた『復興』】
・横浜公園 豚屋火事(1866年・慶応2年)・・豚屋火事跡を、レンガ造りの町並みに復興。
・銀座~築地間の大火事(1872年・明治5年)・・横浜から皇居に向かう途中である銀座をレンガ街にするという政府の計画。
・関東大震災(大正12年)・・土地を政府が買い取り、区画整理を行なった。
・豊岡・城崎地震(大正14年)・・豊岡の区画整理と、防火整備の復興を行なった城崎。
・函館大火(昭9年)・・街路・公園緑地化を復興とした。

このような過去の復興実績を基にして、

・大空襲(1944年)時には、駅前中心型の区画整理が行なわれ、
・鳥取大火(昭27年)・・「区画整理」+「防火」をテーマに復興。
・酒田大火(昭51年)・・「区画整理」+「町の活性化」+「市街地整備」
・阪神淡路大震災(平7年)・・「くらし」+「経済」の復興も行なわれた。

・・・と言った具合に、災害によって「都市作り」も発展してきている歴史をレクチャー。

小生ココロの声:(ふ~ん、復興にも歴史有り!なんだなぁ・・)

【都市計画をたたき台にして意見交換】
バーチャル災害とは言え、災害に巻き込まれたと言う想定エリアは、
現実的にもココはねぇ・・・と、住民誰もが認識している場所だ。

そのエリアを美人学生さんと共に意見交換♪
まずは区役所の方から、道路計画を説明。
しかし、陸路だけの説明であったので、反論。

小生:「川は氾濫しているかもしれないが、
   前回、荒川土手を仮設住宅にすることを決めたのに、
   川への避難路が生かされていない。
    陸路が遮断されても、川の道は、非難物資を運ぶ事が出来る大事な道だ。
    避難路でもあり、観光路でもあり、暮らしの路でもある道が必要だ。」

長老:「そこは、昔、用水路だったんだよ。しかし、埋め立てた後、その跡形もない。」
大学関係者:「用水路だった道を、生活の道・避難の道・観光の道したら良いんじゃない?」

・・・などと、意見交換をしていく中で、いいものが出来上がっていく感が高まる。。
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1時半に始まって、夕方5時までビッチリ、意見交換。
会議が終わって、帰路に向かうころには雨もあがって、肌寒い。

駅前の玩具屋では、勘吉サンタがお目見えしていた♪
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コメント

オヤジさん、スゴイ! 
有識者の前で堂々とした説得力のある意見!カッコいいですなあ。美人学生のオネエチャンの前で必死に頑張ったんでしょ(笑)
でもなかなか中味の濃い議論してますね。終わったら合コンしようなんてオネエチャンに声掛けちゃ駄目よ~(笑)

投稿: RW | 2008年12月15日 (月) 22時34分

★To RW
うっ!読まれていたかっ!!

しかし、こんな難しい内容の文章なので、自分史にしておくつもりだったのですが、コメントありがとうございます。

女学生さんは卒業がかかっているらしいので、たまにはまともな回答もしなくっちゃねぇ。。

でもジツは、「呑みながらこの町を教えてやるよ:」なんて言いそうになるのを必死にこらえていました。

投稿: 葛飾のオヤジ | 2008年12月16日 (火) 00時23分

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